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変化することが怖いって?

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人が生きていることの証明になるものってなんなのか?

 

それは

変化することであり、変化できることなんじゃないかな。

逆に、変化できないものはぶっちゃけ死んでいるのと同義。

 

変化が止まる=死ぬこと

 

もちろん細胞的な意味では変化し続けているかもしれない。けど、その変化に自分の意思を介在させることはできなくなる。

 

そういった意味で言えば、生きるってことは自分の意思を介在させながら変化し続けることなんじゃないだろうか?

 

人生っていう方向の「速度」(=自分はどこに向かうのか)

人生っている変化の「速度」(=どれくらいの速さで進むか)

 

に自分の意思を介在させること。

 

人生のハンドル、誰が握ってる?

 

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人生を車の運転に例えるなら

 

・ハンドルを握る

・アクセルを踏む

 

その主体は元々は自分なはず。でも、多くの人はいつの間にか人生のハンドルを誰かに委ねたまま、人生のアクセルを誰かに踏ませたまま生かされている。

 

自分で運転するときって車酔いはしないもの。

 

車酔いするときって大体、他の誰かがハンドルを握ってるときでしょ?どこにどれくらいの速さで進むかわからないときに僕らは車酔いをする。

 

もし自分の人生のハンドルを自分で握っている実感がないなら、一刻も早くそのハンドルを自分の手にもう一度取り戻す「決意」をすること。

 

もともと、自分には羽があったことを思い出し、カラスたちの争いから抜け出し、大空を高く旋回しながら上昇し、自分の心の光の射す方へ自由に飛んでいく。

 

生きすべての瞬間の主人公になって、その一瞬の中に永遠を見つける。

 

瞬間の集合体が永遠を作るとすれば、その永遠は瞬間が作り出す不断なる変化の中でしか見出すことはできないはず。

 

未来の自分のためにも、今日の自分ができる最善のことは、今この瞬間を、今この瞬間の自分を、生きつくすことでしかない。

 

「一粒の砂の中に世界を見

 一輪の花に天国を見るには

 君の手のひらで無限を握り

 一瞬のうちに永遠をつかめ」

-ウィリアム・ブレイク「無垢の予兆」

 

 

もくだいたくや

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